気づくと視界いっぱいに見知らぬ老人の顔があった場合、一般的に人はどういう行動を取るのだろうか。
の場合は至極単純であった。渾身の叫び声を上げ、力いっぱい振るった腕で眼前の老人の顔を殴った。
後者はともかく前者はきっとマイナーではなくメジャーに片足が入る部類の反応であろう。誰だって予想しない事態には弱いものだ。

気がつくと見知らぬ場所にいた。そして石畳の上に仰向けで横たわっていた。
昨晩は自室のベッドへ体を預け、暫しの仮眠と称しながら服も着替えず眠ってしまったことを彼女自身確かに覚えていた。ゆとりのあるTシャツに気に入りのスキニージーンズ。やや寝苦しさを覚えながらも眠気に抗うことが出来なかったことは覚えている。覚えてはいるが、目覚めた先の現実は身につけた服装意外記憶のそれとは一切一致しないものであった。
遠い昔に受けた歴史の授業中に教科書で見たような内装の室内。中東風と言うべきか、少なくとも自身の住んでいた日本とは違うそれらに自然と目が行く。色味は少なく、くすんだ白とも土壁色とも言うべき色と砂や埃のようなものがその部屋を支配していた。
起こした体は倦怠感が酷く、立ち上がるにはいたらなかったため地面へ腰かけたまま室内をぐるりと見して確認する。どうやら遺跡のような場所にいるらしい。初見の感想を携えたまま室内を再度一周しようとしていた視線が次に捉えたのは、先程思わず殴った老人であった。その体躯は2階建の建物ほどと言っても過言ではなかった。兎に角大きい。ただ、深く刻み込まれた皺は彫刻のように陰影がはっきりしており、老人の生きた年月そのものを表していた。眼前の内装と合わせると動かなければ世界遺産の中の一風景と言っても問題ないかもしれない。

「あの…大丈夫ですか…?」
「いたたた…最近の若モンはすぐに手ぇをあげるからいかんのじゃ…」
「いやぁすいません、つい」

謝罪の言葉は紡いだものの、目の前の老人は地面とうつ伏せで抱擁をしたまま、一向に起き上がる気配がない。
流石に不安になりおっかなびっくりながらかの老人の元へ近づくと、突如として男は顔を上げ、立ち上がった。
家ほどだと思っていた体躯は想像を超えており、ビルほどであると訂正しなければならないほどであろう。首をそらせるだけそらし、その姿のてっぺんまでを視界に収めようと務める。

「謝って済むなら軍隊もジンも要らんのじゃ!」
「はぁ、しかし変質者が目の前にいると思ったらつい誰だってあのようになるものかと」
「変質者!?つい!?お主この儂に向かってそのような口を聞くのか!?」

年長者特有の「年上は敬え」という思想だろうか。はげんなりしながらも「モウシワケアリマセンデシタ」と再び謝罪を口にする。

「…まぁ良いわ。お主をここに呼んだのは儂だしな」
「変質者改め誘拐犯であると」
「変質者などではなぁい!勿論誘拐犯でもな!私はこれでもジンとしてはかなりの力があって、」
「じん…?」

じいの聞き間違いだろうか。ジイ、爺、おじいさん。

「そうかお主は知らんのか。まぁソトから呼んだのだし仕方があるまい」

この老人、何を言っているのか全くわからぬ。ボケてしまっている線もの中に浮かんだが、およそ人とは思えぬ体の大きさに次に浮かんだのは夢であるという可能性である。

「ぬ、そろそろ時間か」
「え、ちょ、無責任!何の時間か知りませんけど、自分で何とかっていうなら説明くらい!」
「ああほら来た」

そう言って老人が伸ばした指先に導かれるように首を捻ると、先程まで色がなかった室内に突如として光が現れた。指先の扉−−−老人と同じく非現実的な大きさのそれが淡く光り、そして開く。
扉が開くのと比例して光の渦に飲み込まれるように輝きは増していった。
遠慮無く輝き続ける扉のその奥に、驚愕の色を浮かべた青年たちがいた。

「新しい扉が開いたのじゃ。ようやれよ、若造ども」

そう言って煙とともに消えたジンの向こうに見えた人影こそ、シンドバッドとその部下であるジャーファル、マスルールであり、彼らとのファーストコンタクトであり、そして彼女がこの世界に本当の意味で触れた瞬間でもあった。