食客などと大それた名前はついているが要はタダ飯ぐらい、つまりはニートであろうとは自身を評価していた。
八人将たちのような特別な能力がある訳でもなく、単に珍しさから庇護を受けている己の存在。
保護者であり国王でもある男へ拝み倒し何とか与えられた仕事も児戯の延長のようなものであった。ある日は草むしりをした。またある日は庭の掃き掃除をした。文官たちの部屋を書類片手に走り回った日もある。

「(文字も殆ど読めないし、常識も知らない。それじゃぁ、ねぇ)」

箒を握っていた手に知らず力が込められている。いくら識字率の低い世界の中でも、世の理を知らぬというのはそれだけで致命的であるということは彼女とて理解はしていた。
今は与えられる頻度の高い仕事の一つである庭の掃き掃除をし終えたところだった。これが終われば今日はもうやることはない。時計など手元にはないが、日の高さから推測するに昼を少し過ぎたくらいであろう。残り半日をどう過ごすか、そればかりがの脳内を占める。

「アリババさんもアラジンくんも修行。モルジアナちゃんも午後からって言ってたから、」

暇だなぁ、そう呟きながらは手にしていた箒を地面へと寝かせ、その横へ自身もゴロリと寝そべった。背に感じる草のくすぐったさに身を捩るが、それを共有するものはいない。城で働く者たちもそれぞれの持ち場にいるのか、中庭に面した通路に人通りはなく、そこだけ周囲から切り取られたかのような静寂に包まれていた。
この世界に呼ばれた時と同じような空虚感と恐怖感をは思い出す。否、あの時はそんなことを考える隙間など一瞬で、次の記憶は賑やかなこの城の者たちとの関わりあいであったではないか。一度認めかけた寂しさを受け付けるものかときつく閉じた瞼越しに感じる世界が些か暗くなり、急な天候変化でもあったのかと目を開くと、そこでは見知った男が己を見下ろしていた。

「シンドバッドさん、どうしてここに」

彼女は男の名前を呼び、理由を問う。シンドバッドはそれに答えることはなく、「隣いいかい?」と問うて来た。
この問いに否と言える理由など彼女にはなかったし、否と言うべき理由も見つからなかった。ゆっくりと体を起こすと、それを返事であると受け取ったのか、シンドバッドはその隣へ腰掛ける。

「そうだ、庭掃除終わりました」
「そうか。それはご苦労だったな」
「いえ、あとで庭師さんのところへ報告へ行ってきます」

どこか事務的な会話。次の行動予定を告げたきりは口を開くことを止め、シンドバッドも何も話そうとしなかったため先とはまた違う静寂が庭を切り取る。

、君は不安か?」

静寂の中へ投げ込まれた一つの問い。

「…不安じゃないと言えば嘘にはなりますねぇ」

それを受け止めた上で慎重に言葉を選んで答える。
何故自分がこの世界に呼ばれたのだろう。迷宮の中で出会ったジンを名乗る老人の言った言葉の本当の意味は何なのか。
不幸中の幸いなのか、知らぬ世界の中で幸運に恵まれてシンドリアに身を寄せることが出来た。彼の国へ保護をされている身であり決して目の前の国王を信頼していない訳ではないが、信用していいものかと未だに悩む気持ちも心のどこかにある。

「俺には君が何故この世界に来たのか、何故選ばれたのかはわからぬが」

そう前置きをしてシンドバッドは続ける。

「それでも俺がここに居ていいと言ったんだ。この国の者も決してを拒んだりなどしていない。だからもっと気楽に構えてもいいと思うぞ」

若いんだし!、そう言ってシンドバッドはの頭を乱暴にガシガシと撫でる。
見上げた隣の男はなるほど、確かに国王と呼ばれる地位にあるべき度量の深さなのだなと彼女は再認識する。

「若いって年でもないんですが…まぁ、ここは一応有難うございますとお返ししておきます」
「うんうん!若者は素直なのがいいぞ!」
「というか、私から見ればあなたも十分に若く…」

そう言いかけたの視界の先、シンドバッドの後ろに見えるはこちらへ向かってくる政務官の姿であった。

「思うものの、シンドバッドさんにあっては若者だけでなく、仕事に対しても王として素直であるべきだと私は思いますよ」
「!!!もしや!?」

振り返ることもなく立ち上がると、シンドバッドはそのままジャーファルが来ている方向とは逆へと駆けた。
それを逃がすものかとお小言を零しながら追いかける部下と情けなくも逃げるその上司の関係性、合わせて何とも掴めぬ国王の姿にこの国の平和たる何かを重ねながらは庭師の元へ向かうべく立ち上がる。