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「セルティ!」 チャイムが鳴ったから玄関へ向かおうと椅子から腰を浮かせたその瞬間。一秒も待てぬと言わんばかりに、何故か勝手に開いたドアから両手を広げて一直線にこちらへと駆け寄る女をセルティは座ったまま何とか抱きとめる。 「首なしライダー」と呼ばれる池袋の都市伝説であるセルティ。その噂を否定することが出来ない実体を持つ彼女なのだから、特段普通の人間であるを受け止めること自体には問題はないのだ。ただ、"このような事"をされることに慣れていないがために普段使わない気や力を使う。だからなのだろうか。が抱きついた瞬間に視界に入ったふわりと揺れる彼女の制服のスカートや、どこからか漂う甘い匂いに自分にはないはずの頭の奥が痺れるような何とも言えぬ感覚を感じたのは。 「嗚呼、セルティセルティ!やっぱセルティはいいわぁ」 彼女の腰に腕を回し、腹部に顔を埋め、恍惚の表情で頬擦りをする。腰掛けたままである彼女に、は床に膝をつき乗り上げるようにしてセルティの腰元へと抱きついている。それしか知らぬ子どものように己の名前ばかり連呼し、そして本当に嬉しそうな笑みを浮かべて擦り寄っているに、どう対処していいのかわかわず、抱き止めた際に肩に置いた手はどこか所在無さ気だ。 「…あら。何でこんなことするんだって言いた気ね」 そんな彼女を咎める訳でもなく、ただ困惑した様子で見つめるセルティに、何か興味を惹かれることでもあったのだろうか。困るセルティを見てはさも満足そうな笑みを浮かべながら、彼女を見上げる。 首を傾げて己のヘルメットをの方を見つめる仕草など、少女然としていて保護欲を刺激されるが、この彼女、確か己の友人である平和島静雄よりもいくつか年上であったとセルティは記憶していた。女性の年齢についての問題はいつの時代でもタブーではあるが、真、女性というのは神秘的で不可思議で、そして掴めないものである、と同性ながらに思う。 「うわ、!その手をすぐに離しなよ!」 セルティが疑問や感嘆を弄んでいると、視界に白い何かが勢いよく写りこんだ。駆け寄ってくるそれは声がこちらへと近づくのに比例するように風に舞い、がセルティに抱きついた時に見たのとはまた違った舞をセルティに見せている。白い何か――新羅は苛立たしげにを見下ろし、そしてため息をついた。 「………なぁんだ。坊ちゃん、居たの?」 「居たのって、君。ここは僕とセルティの家なんだけど」 「何そのアピール」 「ってか坊ちゃんって止めてって何回も言ってるじゃないか」 さり気なく自分と彼との二人の場所であることを言葉にする新羅にセルティはないはずの口角が緩む気がした。 「ふんっ、新羅の癖に煩いわっ」 しかしそんな彼の乱入にの気分は急降下である。先ほどまでの恍惚の表情はどこへ旅立ったのか、苛立たしさと嫌悪感を全面に押し出して新羅を威嚇する。 「…」 「ほらー、セルティも「と私の仲を邪魔するな」って言ってるわよ」 「言ってないだろう。ってか君、変な裏声でセルティの心情を勝手に語んないでよ」 「何その言い方!あったまくるー!私がセルティと一番仲良しなのに!女の子同士なのに!野郎が邪魔すんじゃないわよ!」 泥沼の様相を呈した二人のやり取り。止まることのないそれを当事者なのに傍観者である彼女はまさに影のように押し黙り、ただ眺めている。 「PDAがないのにセルティの考えてることが手に取るように全部わかるのなんて僕くらいだよ」 それに、と口にした後、何かを言おうとしたの言葉を遮るように彼は言葉を続ける。 「だってセルティは僕の物なんだよ」 ねぇ、セルティ!そう笑顔で肯定文への同意を求める彼の声が確かに彼女には聞こえていた。確かに聞こえていた。が、暫し間を置いてから、肩をすぼめ、肘を曲げ、両の掌を天へと向けてすくっと上に上げる首を傾げてそれを返答とした。その様子にセルティの下からはのケタケタとした笑い声が聞こえ、の斜め後ろにいた新羅は死の淵に追いやられたような絶望の色を顔に浮かべる。 先日観た海外のドラマでこのような動作をしていが、果たしてここで使うことは正しかったのだろうか。セルティがそのようなことを考えていることを己の世界に入っている二人は知る由もなかった。 ただ、二人に共通しているのは何やら目がイってしまっていること。そして、うわ言のように彼女の名前を呟いている点だ。正直、こいつら気持ち悪い、とセルティは思った。 そもそも自分は物ではないのだ。不完全な存在であり、不可思議な存在であり、また、曖昧な位置ながらも彼女は一つの個体である。意思と人格を持ちえた存在なのだ。縦令、人ではなくとも化物として不完全でも、己のその存在を恥じることは何もないのだと帝人たちと関わったあの一件の中で知り、そして理解した。 だからこそ、その時に側にいてくれた彼らに対して特別な感情を持っていることをセルティはわかっている。その感情に違いがあること、名前があることを薄ぼんやりとではあるが理解しながら。 「おほほ!もう完全に私の優位ね!そして羨ましかろう、新羅!あんたはこんなことセルティに出来ないものねぇ?」 思考の海へとダイブしていた間に何やら両名は会話を続けていたらしい。何事かと己の足元にいるへヘルメットを向けると、何とも悩ましげな手つきでセルティの体に指先を這わせていた。彼女からは見えなかったが、その表情は例の情報屋を髣髴とさせるような苛立ちしか与えない笑みを湛えており、新羅の表情はみるみる硬直していく。 「!!?セ、セクハラ!」 「あら、私とセルティの仲なのよ?それに何より女の子同士だし、いいじゃない」 「…」 「ほらセルティも別に嫌がってないわ」 「!!!」 嫌がってはいないが、困ってはいる。一瞬目が合ったのにそんなセルティの本音に気づく余裕も今の新羅にはないようだ。 べ、別に羨ましいなんて思ってないんだからなうわああああああああああ!と何とも情けない声でツンデレな台詞を叫びながらその場に頭を抱え込んでへたり込む新羅。この男がこんなに取り乱すことなど今まであっただろうか。否、少なくとも過去の付き合いの中で該当する光景はセルティに思い当たるものはなかった。 そして、のお陰で十年単位で付き合いのある同居人の新たなる一面を垣間見えたことを感謝している自分がいるのもまた事実である。だからこそセルティは一先ずこの学生服を着た学生ではない彼女へ礼の意を持って茶でも出そうと、己の腰に巻きついて離れない腕にやんわりと手を添えた。 |