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本田さんは今流行りの「ヒキコモリ」ってやつだ。 大人は学校か会社か、それか飲み会に行かなきゃいけないのに、本田さんはいつも大体お家にいる。時々私の家にポチくんを預けてちょっと大きい鞄を腰をさすりながら運んで、真っ黒でペカペカした車に乗せているのを見たことはあるけど、それにしたって、ほとんど家にいる。だって私がほぼ毎日遊んであげてるから。 学校から帰ってきて、宿題を終わるまではお家にいるのがお父さんとお母さんとの約束だ。それが終わってからポーチにお母さんが用意してくれたお菓子を入れて本田さんの家に行く。本当は一週間に一回しか行っちゃいけないって言われたけど、学校の友達の家は近くにないし、近くには私ぐらいの年の子も住んでない。一番仲が良くて一番お家が近いサエちゃんはいつも習い事ばかりで「オイソガシイ」ので、私は仕方がなく本田さんの家に行く。それが小学校へ行くこととお父さんの肩を揉むこと、それとお母さんが洗った食器を拭くこと以外の私の「オシゴト」だ。 そう、私は本田さんが本当の「ヒキコモリ」にならないようにするのが「オツトメ」だと思っている。 けど、最近ちょっと考え直した。本田さんはほとんど今流行りのヒキコモリだけど、実はそうじゃなくて、「ほぼヒキコモリ」なんだって。 だってヒキコモリっていうお仕事はずっと家にいるんでしょ?それだったらポチくんの散歩とコンビニにアイスと漫画を買いに行ってる本田さんは、本当のヒキコモリをしてるわけじゃないんだと思う! だからね、今日はいつもより十分も早く宿題を終わらせて、いつも通りお菓子をポーチに入れて本田さんの家に行って、「本田さんはお仕事は何をしてるんですか?お父さんと一緒?」っておやつを食べながら聞いてみたの。そしたら顎に手を添えながらちょっと右上の天井をちらっと見て(これは本田さんが何か考え事をする時にするちょっとしたクセだ)(あと私のことを怒る前にも同じようにする)、添えていた手の人差し指をピンクの口紅を塗ったみたいな綺麗な口の横にちょんと置いて、「実はねさん、私、これでも忍者でして。国内外問わず隠密活動をしている身なんですよ」とのたまった。違う。おっしゃった?いった?もうしました?わかんない。 でも、隠密って知ってる!隠れて何かすることだ。忍者も知ってる!前にお父さんたちと一緒にお代官様が出てきそうな遊園地に行って見た事がある。すごくジャンプとクルクルするのが上手い人たちだ。 国内外問わずってことはこの町以外にも電車じゃなきゃ行けないところや、海の向こうの外国にも行っちゃうってことだ。私が学校へ行く時に時々見た、大きい鞄を汗だくになって車に乗って出掛けるのはそういうことだったんだ!初めて知った! でも本田さんってスーツだったような?忍者の隠密活動ってスーツでするの?というか「おんみつ」なのに荷物が大きすぎない? 「ねぇ、本田さん」 「ん?なんですか?」 聞いたことからまた聞きたいことが出来たから、もっとお話が聞きたくて、隣に座っている本田さんを私は見上げる。 本田さんはニコニコして私を見下ろしていた。今日は二人で縁側に座っておやつを食べることにした。庭でポチくんが野良のムネさん(本田さんがたまに乗ってる車と同じくらい黒い猫)に構ってもらいたくて追いかけてる音が聞こえて、今度はそっちを二人で見る。 すると「私はもうお腹いっぱい!ですので、よろしかったらさんがこちらもどうぞ」と言って本田さんの分のお団子をくれたので、「ありがとー」と言ってからもらった。親しき仲にも礼儀あり。私と本田さんがいくらお隣さんでもちゃんとありがとうは言わなきゃいけないんだよ。 もらったお団子を受け取りながらまた本田さんを見ると、何が楽しいのかずーっとニコニコ笑って私を見ていた。口の中にあったもらったお団子を出来るだけ早くたくさん噛んで、詰まらないくらいになったら急いで飲み込む。そしてまた、聞きたいことの続きを話す。 「あのね、本田さんって忍者さんなの?」 「そうですよ。忍者さんですよ」 「忍者って屋根の上をジャンプしたり屋根裏にいて「そちもわるよの〜」ってやるんでしょ?」 「黄門様ですか」 「こーもんさまです」 本田さんの真似をして返事をすると、本田さんは「それはまた、私以外の特殊な方たちのお仕事ですかねぇ」とムネさんにパンチされてるポチくんを見ながら呟く。 「あのね本田さん、」 そう続けた私を不思議そうに見ているのがわかるから、何か目を合わせるのが恥ずかしくて、本田さんじゃなくて手に持ったお団子を見ながら話を続ける。 「本田さんっていっつもお家にいるでしょ?私が行くといっつもいるでしょ?たまーに忍者さんしててもほとんどずっとお家にいるでしょ?ポチくんもいるし、私もおやつを食べにくるけどね、本田さん、本田さんはお友達がいるの?本当は忍者なんてしないでお友達のところにずっといたいんじゃないの?」 「…さん?」 「がずっと来るから、本田さん、お友達のところに行けない?」 言うまではどうしようと思ってたのに、一度言っちゃうと止まらなかった。本当はすごく気にしてたんだ。いっつも本田さんは私が遊びに来るといて、いるのが当たり前だと思ったけど本田さんにだって私のサエちゃんや他のクラスの子みたいにお友達がいるんだろうし、もしかしたら本当は私がこうやって遊びに来てる時間に友達と遊びに行きたかったんじゃないかって。 私が。私が一人で家にいるのが怖くて寂しくて、でもどうしていいかわからないから本田さんの家にほとんど毎日逃げてきちゃうから、本田さんは友達と遊べないんじゃないかって。だから私が本田さんを「ヒキコモリ」にしてるんじゃないかって思った。本田さんは私から逃げたいから時々忍者のお仕事をすることにして、大きい鞄にたくさんのお土産をつめて友達のところへ、私から逃げてるんじゃないかって。 でも本田さんがいなくなったら私が泣くのを大人の本田さんは知ってるから、人質として大事なポチくんを私の家に置いていくんだ。「私はポチくんが大切なので、友達のところからすぐにさんのところへ帰ってきます」って。 そこまで考えたら、頭がぐるぐるしてきて、喋ってないのに涙が出てきた。何で泣いてるのかわからない。 困って顔を両手で覆ったら、持っていたお団子が床に落ちてしまった。でも涙は止まらない。ああ私は悲しいんだ。 いつも好き嫌いはしちゃいけないってお母さんみたいに煩いし、お父さんよりも弱くてすぐに腰が痛いって一緒に外で遊ぶのを止めちゃうし、近所のお兄ちゃんと同じくらいなのに「爺には辛いです…」ってすぐ言って座っちゃう本田さんが好きで、大好きで、でも大好きなのに私のせいで本田さんがこの家から出られないんじゃないかって考えたら涙が止まらなくなった。 そんな風に頭の中がぐるぐるしている私をどんな顔で本田さんが見ていたのか、私は知らない。知りたくなかった。 きっとまた、いつものようにどうしていいのかわからない困ったような笑った顔をして、「仕方がないなぁ」と思いながらも私のことを慰めてくれるんだろう。本田さんは大人だから。 と思っていたら。急に大きな笑い声が頭の上から降って来た。降って来たなんてものじゃない。刺さるように落ちてきた。 ビックリして声のする方を見ると、本田さんがそれはそれは、とてもおかしそうに笑っていた。こんなに笑っている本田さんはあまり見たことがなくて、ビックリして泣くのも忘れて見つめていると、一頻り笑った後に私の頭を撫でながら言ったのだ。 「さんの聡いようで年相応のその思考、とても安心しました」 私の何が本田さんを安心させたのかは知らないけど、笑っているように思えた顔はああやっぱりさっき思ったようにちょっと困ったようなどうしていいのか分からないように見えた。 ふいに伸びてきた手に驚いて顔を下に向けると、いつもよりもちょっと強く、頭を撫でられた。 「大丈夫、大丈夫、私はここにちゃんといますよ。私はさんと一緒に遊ぶのが大好きですからね。明日もまた、一緒におやつを食べましょうね」 って言いながら。あまりにもいつもより力をギュウギュウ入れて押さえるように撫でるので恥ずかしいよりも何だか痛い。というかそんなに力を入れたら背が伸びなくがなる! 「さんもすぐに大きくなってしまって、きっと私の知らないところへ行ってしまうのでしょう。それでも私は今日のお話も、さんと一緒にいたどの時間も、とても大切に思いますよ」 本田さんが何か言った気がしたけど、背が伸びなくなっては困ると頭を押さえつけてる手をペシペシと叩いていたからよく聞こえなかった。 やっとのことで除けてもらった手を追いかけるように顔を上げたけど、ゆっくりとオレンジ色になっていた太陽の光が眩しくて、本田さんの顔まで見ることが出来なくて、代わりにいつの間にかムネさんとポチくんが追いかけっこが終わって二人仲良く並んで寝ていたのが本田さんの向こうに見えた。 けれども、どうしてだろう。さっきまで流れていた涙は気づいたら止まっていて、ピリピリとした気持ち悪い感じがほっぺに残っているだけになってのに、でもね、どうしてだろう。夕日が眩しくて見えないはずなのに、私の頭を大事に大事に撫でていた本田さんの目に私の目にあった涙が移っていたように見えた気がしたのは。 |