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私の家の隣には「本田さん」という人が住んでいる。本田さん。下の名前は確かキクさん、だったか。この前、「女の人みたいな名前ですね。顔も綺麗だし」と言ったらスゥと本田さんの周りの空気が冷えた気がしたんだけど、きっとあれは気のせいだったに違いない。一応私褒めたんだし。 そんな本田さん、私がこの世に生を受けてから大体十年くらいの間、ずっと所謂ご近所さんでお隣さんだったりするのだ。この前、「私はさんのこーんな小さな頃から知っているんですよ」と親指と人差し指の間にチョコボール三個分くらいしか挟めなさそうな大きさで示して私の子どもの頃の話をしてくれた。 話の内容は恥ずかしすぎるから置いておいて。チョコボール三個分の私の大きさだなんて、正直科学的じゃない。いつまでも子ども扱いするなよ。これだから年寄りは。って言ったらきっと笑顔でほっぺをぎゅうううと抓られるか、今度のおやつに硬いお煎餅が出るだろうから、賢い私は曖昧な笑顔を浮かべて相槌だけを打つ。子どもというのはこうやって着実に大人の理不尽なところを悟り、学び、そして身に着けていくのだ。 本田さんはずっとご近所さんだった。 ここいらはどちらかというとマンションよりも一軒家の方が多いから、うちのようにずうと昔から住んでる人もたくさんいるらしい。お向かいの鈴木さんや三つ斜め向かいの谷口さんもそうだ。 別に昔から住んでて一軒家だからって、この前授業で見た白黒のDVDみたいな家とは違う。ごく普通の家だ。風景も夕方になるとどこからか匂いがしてくる晩御飯の匂いも、大人たちが懐かしむ、私の決して体験していない一つ前の時代のものではない。 でも、古いようででも時代に合っているこの町の中でも本田さんの家は不思議な感じがした。 家の周りは草と木の壁で囲まれて、屋根は瓦。門を通って九歩真っ直ぐ歩くと玄関に着く。六歩進んでから回れ左をして進むと、縁側に着く。ここではポチくんとよく遊ぶ。爺むさい盆栽もあるけど、何度か私がボールを当てて割った後からいくつかは別な場所にお引越しをする羽目になった。 お家の中には階段がない。一階しかない変わった家だ。私の部屋は二階にあるから、本田さんの一階しかないペッタリとした家の屋根が丸見えだ。いつも上から私のことを見下ろしてる(でも何かある時は「よっこいしょ」と爺くさいことを言いながら、屈んでもくれる)から、ちょっといい気味。 折角だから二階を作ればいいのにと前に言ったことがあったけど、「一人で住むには広い家というのは寂しいものなんですよ。それに置き場所があると、ついつい物ばかり増えてしまう。その増えてくものにくっついて忘れられない思い出も一緒に増えてしまって、尚のこと、一人で住むには寂しいんです」とか言ってた。私にはよくわからない。広かったら本田さんの大好きな本もゲームもいっぱい買って、いっぱい置けるのに。 そのことをお父さんに話したら、「本田さんらしいことを言うなぁ」と言いながら、ビールの泡がついた口を右手で拭いていた。それを見たお母さんが「が真似するでしょう」と怒ってた。 怒るお母さんの声が聞こえないフリをしてお父さんに本田さんの家のことを聞いたら、今の私の家が建つ前は、お父さんのお父さん、つまり私のお爺ちゃんが建てた家がこの本田さんの家に建っていたということを教えてくれた。 その話を聞いてからどうしても気になって気になって、次の次の日に本田さんの家に遊びに行って写真を見せてもらうと、お爺ちゃんっぽい人(私が生まれる前に死んじゃったから会ったことはない)とお父さん(だと本田さんが言っていた人)と最後に会った時よりも若いのに同じくらいすごくすごく綺麗だったお婆ちゃん、それと本田さんそっくりな男の人が二つの家の間の前で写真を撮っていた。シャッターを押したのは同じくご近所さんの鈴木さんの家の人らしい。 でもこの男の人、本田さんにすごく似てる。全く同じ。鏡に映ったみたい。写真は色のついてないやつだから、私と一緒にアルバムを覗いている本田さんがその時に一緒に映れる訳がない。だってそんなことになったら、お父さんよりもっともっと年上の人だってことになる。少なくとも写真の本田さんのそっくりさんは20歳くらい、お父さんは私と同じくらいの年に見えた。 今隣いる本田さんも20歳くらいのお兄さんだ。うちのお父さんはお母さんに怒られちゃうのに、お風呂に入った後にビールばっか飲んでるから、ポヨポヨンになったお腹が目立つおじさんになった。正直写真の男の子と同じだとは思えないくらいに。だからきっと、この「本田さんクローンさん(今流行りの技術らしい)」も親戚の中でもすごく似た人なのだろうなぁ、ということで納得をした。一緒に映ったポチくんっぽい犬も、きっとポチくんのお爺ちゃんとかに違いない。この世には似てる人が三人いるってこの前本田さんが言ってたし。 |