どこかから聞こえる家鳴りに耳を傾けながら、たゆたう煙を少女は見つめる。
古い日本家屋だから隙間風があるのかもしれない。二人きりしかいないはずの、しかもその二人も部屋の端々に座っているのに呼吸音どころか心音すら聞こえてきそうな静寂であるのに、煙は窓側のオランダから廊下側の対角線上にいるの方へとゆらりゆらりと近づいてくる。徐々に広がり薄くなっていく煙は、まるで彼女に話しかけるようにゆるりと近づき、そして降り注ぐ。思わず手を伸ばしてぐっと開いた手を勢いよく握り締めるが、掴めるはずのないそれはが手を握り締めるのと同時に指の隙間から零れ落ち、空気中に拡散する。握り締めた手を開けどもそこには当たり前だが何もなかった。
まるで目の前の男のようだ、と思う。心の位置が掴めない。何を考えているのか見えない。
暮れ始めた日の光はオレンジ色の淡いスポットライトとなって窓側の男を照らしていた。逆光でその表情は窺い知ることは出来ない。

「どうかしたんやざ」

突然かけられた声に手元を見つめていた顔を弾かれたように上げる。この部屋にいるのは彼女と目の前の男だけだ。どう考えても自分に向けられた言葉としか考えられない。

「い、いえ別に。煙が掴めないかなと思って」
「頭でもぶつけたんか?」

くっと小馬鹿にするように漏らされた声に不快感だけを顔に浮かべては反撃をする。

「何言ってんですか。第一私は…ずっと座って見てたじゃないですか、」

何をとは言わない。否、言えなかった。勢いあまって浮かせてしまった腰を居心地悪そうに再び畳へと落ち着ける。馴染みのあるはずの足裏の感覚が今日は妙にむず痒かった。
意図せず気まずくなってしまったと思ったが、しかしは続けられる言葉をそれ以上見つけることが出来なかった。手持ち無沙汰気味に己の手を握り、開き、また握る。繰り返していた緩やかな運動のためか手は先程よりもやや温かくなっていた。
オランダとしてもあのような態度を取るつもりではなかったので現状の結果を少々気にはしていた。が、彼の元来の表情の変わらぬ性質のためか、年端もいかぬ少女がそれを感じ取れることは出来なかったらしい。彼が今まで窓へと向けていた視線を少女へと向けると思いの他思いつめた表情をしていたことに驚き、静かにその場から立ち上がっての前へとドカリと腰を下ろした。

「子どもは体温が高いっちゅーがホンマやな」

そう言いながら彼女の左手に乗せられる彼の両の手は彼女のそれよりも不思議と温かかった。
触れられたことに驚いたのか、その手の温度に驚いたのかの視線は落ち着きなく彷徨っている。俯き加減であったためオランダからその様子が全て見えた訳ではないが、常から年の割に落ちついているというべきか、この世界の物ではないからか浮世離れした印象をどことなく滲ませていたの珍しい様子に些か驚く。
何処を見つめるべきか見ているべきか必死に考えていた様子は一瞬で、あちこち彷徨った末に掴まれた手を暫し見つめた後、静かに目を閉じ、そして顔を上げ、自身の目で彼の目をしっかりと捉え薄く開いた口から言葉を吐き出す。

「……それならオランダさんの方が私より子どもってことですよ」

にやり、意地悪そうに笑ったに一瞬面食らった表情を見せたオランダであったが、すぐに常の様子を取り戻す。
耳の奥で聞こえるような遠く曖昧な距離感の家鳴りが聞こえる。天井から吊るされた灯りがわずかばかり揺れて夕日のみが室内を照らしてる室内に黒く長い影を散らして遊ぶ。

「やったら暇な子どもの相手をするんも大人の仕事ちゅーわけやでの」
「ええ、でしたら、」

握られた手を離すまいと握り返したのはどちらが先かどちらが後か。夕焼けが静かに消えゆき夜の黒が優勢になり始めた灯りのない室内で互いが相手の目の中に映りそうなほどの距離感で会話をする。

「子どもがこんなもの、吸っちゃいけませんよ」

咥えられていた煙草を空いていた右手を小さく震わせながら男の口元から奪い取り、持ち上げたそれに一息、少女は息を吹きかける。眼前に広がる白。思いっきり真正面から煙を浴びせられた男がしかめっ面をしたのが面白かったのか、再び一息吹きかける。今度は先程よりも緩やかに、そしてもっと上の方へと上るよう願いを込めて。吸う、などという概念は元から彼女の中にはないらしい。生真面目というべきか、何なのか。そんなの視線の先に広がる煙に共に視線を移し、消えていく尾へと視線を辿らせると少々小さくなった煙草が目に入る。
煙が広がるとともにジリジリと命の消える速度を加速させた火のア化だけが暗くなった室内で嫌に生命感を帯びて存在していた。