「あら。デンマークさん、お出掛けですか?」

呼び鈴を押そうと手を伸ばしたの目の前の扉が突如として開き、中からこの家の主が文字通り飛び出てきた。あわや正面衝突かという距離にも関わらず、慌てたのは男のみであった。彼女はさも相手が避けてくれることが当たり前であるかのように動じることなくその場に立ち、慌てる男に平時と変わらぬ声色で声をかける。

「んあ!おったまげた。か。いや、ちっと上司に呼ばれちまってよー」
「あぁ、そうですか」

突然遊びに来た自分が悪いのだから、彼に用事があるのなら仕方がない。後日また出直そうと思っては口を開こうとしたが、デンマークは気遣わしげに目の前の女の顔を覗き込む。

「何か急ぎの用事でもあったけ?」
「いいえ。ただ一緒にお茶をしようとしただけですので、お気になさらず」

そう。本当にただそれだけなのだ。他意は微塵もない。が、少女にとってはそれだけでも、デンマークにとっては余程衝撃的なことだったようで、驚きに目を瞬かせ、何故か喜びに少々震えた声で喋り出した。

「も、もしかして俺に会いたぐで会いたぐでしかたがながったとか!?」
「そんなことはないです」

淡い期待を持って発した言葉は、一瞬でバッサリと切り捨てられた。

「そうだにさらっと言わんでも…」

あからさまにガッカリと大の男が落ち込むその様子に、彼女はコロコロと笑った。悔しそうな、でもバツの悪そうな顔をして苦笑しながら頬を掻いた男は、「んだば、行がねぇと。折角きでぐれだのにすまねぇな」と戸を閉め、着かけていたコートを羽織り、の横を走り抜ける。

「あぁ。でも、」

思い出したかのようにポツリと彼女が呟いた一言。気を向けていなければ気づかないであろう程に小さく細い声に空耳かと思いながらもデンマークは駆けていた足を止め、振り返る。

「決して寂しくはないけどつまらないので、お土産を買ってきて下さるならお待ちしてますよ?」

ドアノブに手をかけこちらを見るその笑顔はしてやったりといったところか。
嫌な気はこれっぽっちもしないが目の前の女に振り回されっぱなしの現実に、デンマークは先に惚れた弱みか、どうやっても逆らうことの出来ない立場の関係にただ苦笑するだけだ。

「…んなら、ココアは右の」
「台所に入って右の棚の上から2段目、ですよね。わかってます。お気遣い有難うございます。いただいてお待ちしておりますので、ではまた後ほど」
「あ、あぁ…」

苦し紛れに発した言葉も、いとも簡単に流されてしまう。出てくるのは感嘆とも返事ともとれる母音が2つほど。
しかしそこで引き下がることはデンマークには出来なかった。手にしていたドアノブを捻り、室内へ足を踏み入れようとしていた彼女へ向かって、

「良い子にしで待ってろよ、

出掛けの最後の一言を。一瞬。ほんの一瞬、こちらを振り返った彼女の目に驚きの色が浮かんだ気がしたのは気のせいだろうか。
結局その後すぐに何事もなかったかのように、「えぇ。いってらっしゃい、デンマークさん」、そう言い残しては扉の向こうへと体を滑らせた。まるで白昼夢を見ていたかのような感覚。だが確実には今この家にいて自分の帰宅を待っていてくれている。例え土産が目当てでも。

女は何時でも何処でもいくつでも女だ。そしてそれに振り回されるのが男というもの。
そうデンマークが思ったかどうかは本人にしかわからぬが、彼が全力で用事を済ませ、その手にが気に入りの菓子と花、そして満面の笑みで彼女が待っている我が家の扉を開けたことから察すればいいのではないだろうか。