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お化けなんて信じたくない、そう彼女は思った。 幽霊なんて勿論信じたくない、そう彼女は思った。 だって非科学的だもの、そう彼女は自分に言い聞かせる。 でもこの部屋は何かおかしかった。明らかに何かがおかしかった。 先ほどから感じるこの視線は一体なんなの! 「あの、アルフレッドさん、」 「ん?どうしたんだい、。真っ青な顔をして」 休みだからと祖国の友人である青年に招かれて遊びに来た手前、決して失礼なことは言えないと思いながらも、は先ほどから感じている違和感を恐る恐るアルフレッドに対して口にしてみた。 「失礼ですけど、今この家って…」 「俺とと二人だけだぞ?今日は二人で遊ぶって約束したじゃないか!」 さも当たり前のようにアルフレッドは言い放ち、手にしていたDVDのケースで肩をトントンと叩きながら溜息をつく。 「で、ですよねー…」 言いながらも彼女は部屋中をキョロキョロと見回す。はこの部屋に足を踏み入れた時から感じる違和感を拭い去ることが出来ず、妙に落ち着かない気分を味わっていた。すわ幽霊の類かとドキドキしながら考えるが、認めたらそこで何もかも終わってしまう気がして彼女は極力その結論は導き出さないようにしていた。 しかし、何度右を見ても左を見ても過去訪れた際に幾度も目にした家具や壁紙がそこにはあるだけであり、落ち着きのない様子で見回した後に少女は小さな溜息をつく。やはり自分の気のせいだったのだろうか。最近疲れ気味なのかもしれない。神経過敏とかいうやつなのだろうか。祖国が迎えに来てくれた時にでも相談でもしよう、とはぼんやりと窓の外を見遣る。時は既に夕刻に近づいていた。オレンジ色に染まりつつある空の色を何となく見つめる。 そんな心ここにあらずな彼女を見ていたアルフレッドは頭の上にライトがピコーンと光ったかのような顔をし、その次にはニヤニヤとしながら立ったまま窓を見つめる彼女へと近づいた。 「ははーん。さては、俺と二人きりだからって変に意識しすぎて恥ずかしがってって痛ぁっ…!」 「ごごごごご誤解しないで下さい!誰がメタボなんかの手篭めにされてたまりますか!」 お母さんが泣きます! そう叫んだ彼女の脳裏に浮かんだ母親像は今は考えないでおくべきだろうか。 「…そ、それならどうしたっていうんだい…」 涙目になりながら蹲る大柄な男とそれを見下ろす少女。何とも奇妙な光景だが、流石にアルフレッドに悪いことをしたと思ったのか、は膝をつき気遣わしげに背中をそっと摩り、今度こそはと一切端折ることなく経緯を話した。 「ま、ままままままさかそんなことある訳ないじゃないか!」 だって俺の家なんだよ!? 全てを話し終わった時、冷静に切り捨てられるかと少女は思っていたが、存外アルフレッドの方が怖がっているように彼女には思えた。普段からホラー映画を好んで観ているにしては意外な反応に、は少々虚をつかれたような気分になる。何かあった時に自分よりパニックになっている人間を見ると逆に自分は冷静になれる、そんな状態だ。 「だってさっきから何かおかしいんですもん…あっちから視線を感じるというか…」 「ジャパニーズホラーかい!?ちょ、、勘弁してくれよ!」 振り返る勇気はないので背を向けたままは指をさす。そんな彼女の何気ない発言と行動に更にアルフレッドは驚き、そして涙目になってにしがみ付いた。男の重みに耐え切れず後ろへ倒れそうになるのを何とか踏みとどまる。床についた膝が痛い。これでは助けてもらうどころか、逆に助けざるを得ないではないか。 「あの、アルフレッドさん」 困りに困った彼女は青年の名を呼んだ。 ぎゅうぎゅうと締め付けられる腹部に苦しみながらも、何とか名を声に乗せ、おどおどと自分を見上げる青年に声をかける。 「せーのーでっ、で一緒にそちらを確認するというのはどうでしょう…?」 「…!ワォ、それはいいぞ!ナイスアイディア!」 先ほどまでの怖がり具合はどこへ行ったのか、の提案にアルフレッドは嬉々として賛同し、そして勢いよく起き上がり、二人で膝を突き合わせて見つめ合った。 まるで小さな子どもが何かいたずらでもするかのような体勢に、どこか懐かしさを感じる。 「じゃぁ、いくぞ!」 「は、はい!」 どちらともなく示し合わせたかのように視線を合わせ、頷き、大きく息を吸う。 気づかぬ内に握り合っていた手が互いに汗ばんでいたことに、二人とも気づくことはなった。 「「…せーのーでっ!」」 息もぴったりなタイミングでが気になるという部屋の角を二人で振り返る。 目を凝らして見つめる。しかしそこは何の変哲もない壁であった。何度瞬きをしても何もない。何だ、自分たちの気のせいではないか、そう思って二人が安堵の溜息をつこうとした瞬間、ふと景色が薄ぼんやりとしていることに気づいた。そしてそこに何かがいるのがわかり、驚きながらも目を凝らして見る。徐々に浮かび繰るシルエット。窓から差し込む夕日が当たって輝く金色の髪。ぴょんと跳ねた癖毛。そして抱えるように手にしている白く可愛らしい何か。 「ん?アルもナビちゃんもどうかしたの?」 はにかんだ様子で突然微笑みかけてきた違和感の正体に、どちらともなく抱きつき、そのまま凍りつく。 ある日の夕方、アルフレッド邸の近所中に響き渡るほどの男女の悲鳴が聞こえたとは後日、近所に住む老人の弁であった。 |