ハラハラと儚げに、しかしその存在感は他の何よりも際立って落ちゆくそれ。まるで桃色の雨が降っているようだ。は桜の木の下で頭上から降り注ぐ花びらを見上げ続ける。

「これこそ絶景かなってやつですねぇ」
「そうですね、」

ああ矢張り自分は日本人なのだ、とつと彼女は思う。大和の血というのだろうか。宗教染みた考えなど持ちえぬが、桜を見ることで郷愁を感じ、そして春の訪れを感じる。この身に流れる血潮が懐かしさと喜びに震えているのが生まれついて体に刻み込まれたもののように理解出来た。

「そうだ。本田さんならご存知、ですよね」
「?何がでしょう」

突然話を切り出したを不思議そうに本田は見る。

「桜の木の下には死体が埋まってるって。だから綺麗な色なんだって」

彼女の言葉に、ああそう言えばそんな話もどこかで聞いたなと本田は思った。
どこぞの文豪だったかそれともいつかの時代の元上司だったか。それはもう何百何千年も生きている彼にとってはつい近いような遠いような話であった。だが、いつ耳にした言葉かもわからぬが、それでも胸に落ちてくる気持ちはすとん、と素直なものでもあった。

「あーあと、こういうのも聞きましたよ。桜を切ろうとしたら作業してた人が桜の呪いで怪我をしたとか」
「それはちょっと言いすぎじゃないですか?その人が春の陽気に気が緩んでらしたのかもしれませんよ」
「本田さんはロマンがないですよー。私、強ちこれって迷信でもないかもって思うんです」

どこか遠くを見つめるような目をしながら、は桜の幹に手を添える。
その彼女の姿に浮世離れした感覚を覚え、本田は幾度か瞬きを繰り返す。

「血を浴びて、っていうのはちょっと怖いから事実だったら嫌ですけど。でも、もしかしたら、桜を見た人が何故か抱く懐かしさとか恐れとか、そういう沢山の気持ちを吸ってるから、桜はこんな色になるのかもしれないな、って」

そういうのもありじゃないですか?と言いながら、す、との目が細められる。

「まぁ、それだけ桜が私たちの心を惹き付けてやまない魅力を持ってるってことですよ」
「今日のさんは随分情緒的なことを仰いますね」
「へへっ。そうですかね」

互いに髪についた花びらを気にする風もなく、沈黙が場を支配する。
その沈黙がより一層本田の心を揺さぶり続けていた。どうして今日の彼女はこんなにも今にも消えそうな儚い色を漂わせているのだろう。
確かに目の前にいるはずなのに、彼は目の前の光景が果たして現実であるかが不安になっていた。こんなにも存在が希薄であるのと感じる理由は何か。まるで彼女自身がこの春の桜のような、

「?本田さん、どうかしました?」
「…っ」

名を呼ぶ声に沈みかけていた本田の意識が揺さぶられる。
ああそうだ。彼女は人間だ。人の子なのだ。少なくとも国である自分が今までの過ごしてきたものよりも短い生を生きる者である。
そして共に過ごした期間はわずかだが、何よりいつ本当の世界へ帰ってしまうかもわからない存在なのだ。そう改めてまざまざと実感させられると、何故か彼の口角がきゅっと上がった。この自分がそんなことも忘れてしまうなど、と自分で自分を嘲笑うかのような表情。そこに隠された気持ちなど、彼と生きた時間がまるで比較出来ぬが気づく訳もなく、不思議そうな顔をして彼を見つめる。

「本田さん、どうかしました?」
「いえ…何でもないんです。お気になさらないで下さい」
「はぁ。おかしな本田さん」

くすくすと笑い始めたを上手く直視出来ぬまま、本田は彼女が添えた手の上から桜の幹をともに触る。暖かくて柔らかな肌。命の温度が確かにそこにはあったことに、彼は安堵の息を小さく漏らした。