ピンポーン。

茹だるような暑さと殺人的な日差しを避けるように縁側で寝転んでいた日のこと。
突然耳に響いた軽快な音に気だるそうには「…本田さーん」と家主の名を呼ぶ。

「…ほっんっだっさーんっ!」
「…あれ?」
「本田さーん、多分お届けものですよー」

ピンポーン。ピンポーン。

「…………はぁ…」

増える呼び鈴の音。 それに急かされるように彼女が何度呼ぼうとも答える声はない。在宅であるのは確実だが、奥の部屋に篭っていて仕事でもしているのであろうか。
そうなると自ら赴くしかない。そう思ったは「はーい、ただいまー!」と一言返事をし、重い体と足をだるそうに動かしながら、玄関へと向かう。

「やっぱり、また本田さん宛の荷物かなぁ」

そう少女は一人呟く。最近本田が嵌っているらしい「地域名産お取り寄せ」かはたまた「アマン」からのダンボールか。どちらにしても想像するに容易く、その箱を脳裏に浮かべ、何の疑いもせずにとことこと玄関へと向かう。そして、確認もせずに勢いよくドアを開けたのであった。

因みに余談だが、この頃、彼が所謂オタクだということをは知った。まさかとは思うが、他国がこれが日本人のデフォルトであると思っているのはないかと彼女自身は若干引いたりもしたが、本田が持っているゲームを借りては二人で夜な夜な対戦したりしていた人間として、それは口に出すことは出来なかった。





閑話休題。話を元の道へ戻して。続きをどうぞ。

「はいはーい。お待たせしまし―――」
「おぅ、本田さん突然すいやせ…ってんあ?」

が玄関の引き戸を引くと、目の前に服を着た壁が現れた。
もとい、大柄な人間の胸部が彼女の視界を占めた。何者かと恐々としながらも彼女は首が痛みを訴えるほどに上へと首を動かすと、そこにいたのは仮面の男であった。真夏のしかも玉のような汗をかくような日にさも平然と仮面をし、―――どこかの民族衣装だろうか―――何だか夏らしくない服を着て、こちらを見つめる男。手には大きめの箱、そして彼のつけた仮面。怪しい風貌。怪しい荷物。怪しい仮面。逆行ゆえに仮面の輪郭のみが白く浮き上がり、より一層怪しさを増していた。
もうこれはアレしかないだろう。昼間であるとかは関係ない。アレしかない。

「ど…」
「おめぇさん、誰でぃ。ところで本田さんは…」
「どろ…」
「おい、お」

直後、少女の悲鳴が近所中を木霊する。









、どうしたんでぃ。魂が抜けたような顔して」

縁側に越しかけていたが、ぼんやりと水撒きをしている家主とそれを追いかける飼い犬を見ていたら、頭上から降ってきた声。その声の主にがゆるゆると首を動かすと、サディクがタイミングをはかったかのようにソーダの缶を「ほいよ」と言いながら、上を向いた彼女のおでこに乗せてきた。

「つ、冷たっ!」
「目ぇ覚めたかぃ。どうしたよ、呆けた顔して本田さんを見つめて」

これ以上見てっと穴が開いちまうぜ、とさも可笑しそうに言うサディクが彼女のおでこに乗せた缶があまりの冷たかったために、彼女はうっかり叩き落しかけた。
が、それを何とか手に持ち、隣に越しかけたこの男を少女は恨めしそうに見る。彼の言葉を無視して缶を開けようとするが、昨日爪を切ったばかりだからか、思うようにプルタブが引っ掛からない。そんな様子のを見て、くつくつと笑いを堪える様にしながらサディクは今しがた開けたばかりの己の缶を少女の手の内にあったものとするりと交換した。
優しいような意地の悪いような。矢張りこの男は掴めない。
そうは心の中で呟く。手に持つ缶の冷たさが心地よく、火照った手も苛立ち始めた心も冷やしていく。

「…初めてサディクさんにお会いした時のことを思い出してました」
「初めて?ああ、おめぇさんが、すげぇ声出して泣き出した日かぃ」
「そ、それはちょっとした誤解で!誰だっていきなりあんな格好の人がいたらビビるじゃないですか!」
「ははっ。そうカッカすんなや」

くつくつと笑う彼の格好はあの日から何も変わらない。相変わらず不気味なまでに白い仮面をつけ、もう既に見慣れた民族衣装を身にまとってこの家へ来訪する。

玄関先で初めての対面を果たした際、不審者の類かと思ったは腹の底から本気で叫び、そしてそれに驚いて声を止めようと手を伸ばしてきたサディクに不安感と危機感を増幅されらせた挙句、本気で泣き出したのだった。
思い出すほどに頭が痛くなる思い出だ。決して綺麗なものではない。そう思うとはカキ氷を勢いよく食べた時によくある、頭のズキズキ感が襲ってきたような気がして、米神に手をそえる。

「にしても暑くないんですか、あなた」
「ん?俺んとこは湿度はここほどでもないけどもっとあっちぃからな」

そう言って涼しげな様子で大きく伸びをした男に再び軽い苛立ちを覚える。
こちとら暑いのだ。八つ当たり染みているが、こうでもしないとやってられない。暑い暑い暑い暑い。

「何だか、サディクさんを見てると余計に暑くなります!」
「なんでぃ。八つ当たりなんてすんなよ」
「や、八つ当たりなんかじゃないですよ!」

何もかも、この少女の行動も発言も男にとっては面白いものでしかないようだ。まるで箸が転がっても面白い年頃のような、何をしてもくつくつと笑う男の様子に、少女は苛立ちを募らせ、悔しそうな顔をする。

生き急ぐ蝉たちの命の大合唱に混じってとサディクの―――一方的にサディクが楽しんでいるようにしか見えないやり取りの―――声が庭へと響く。
だが、彼女からしたら不本意ではあろうが、水撒きをしながらその様子を横目で眺めていた本田には、彼らが兄と妹、そのような関係にしか見えないのであった。微笑ましいとすら思える姿。まるで親のような気分で二人を見守っていると気づいたと同時に、「それじゃぁ、私は彼女の言うとおりに爺じゃないですか…」と本田はガックリと肩を落とす。

「でもですね、ポチ君。お二人は何だかんだ言っても仲良しですよね」
「ワン?」

彼の嬉しそうな笑顔と呟きを知るのはポチ君のみである。