「ヴェー?おりひめとひこぼし?」
「んあ?日本って姫とかいたのか?」
「んー、よくわかりませんが、どっかにそういう人たちがいたそうです」

もし彼女の祖国が聞けば、「何たる適当な説明を外国の方に…!」とお小言をいただきそうな説明の仕方では七夕についてフェリシアーノとロヴィーノへ聞かせる。大本が合っていればそれでいい、これが彼女のモットーであった。故に曖昧な部分はぼやかして、嘘にならないような説明をする。適当なのではない。その場に応じた適切な説明をしているのだ、と彼女は自身に言い聞かせる。
昼間の内に彼女が今日は腰が痛いという本田から言われて用意した笹は風に身を任せるままに揺れ、吊るした風鈴はチリンと寂しげな音で赤く染まり始めた空とともに物悲しさを演出していた。

いつも突拍子もなく誰かがこの家に遊びに来ることをはこの身を持って体験していたが、今回日本へと遊びに来た彼ら兄弟が到着した日は奇しくも七夕であった。
年中行事にはキッチリしっかり参加する本田家の風習に従い、もあれこれと手伝いをしていたところへ登場したのが、イタリア兄弟だ。普段ならフェリシアーノだけ、稀に共にルートヴィッヒが来ることはあったが、彼の兄がこの家へ訪問というのはがこの家に着てからは初めてであった。

「珍しいですね。ロヴィーノさんがいらっしゃるなんて」
「うん。俺が兄ちゃんに一緒に菊とに会いに行こうって誘ったんだよー」
「べ、別にこいつが頼んできたから仕方がなく来ただけだ!に会いにきた訳ねぇだろっ」

片や親分と一緒、片や教官?と一緒という姿ばかり見ていたため、あまり二人が並んでいるところを見たことがなかったが、何だかんだ言っても仲は良いらしい。
と思ったのも束の間、あーでもないこーでもないとやり取りをする二人が気づけばロヴィーノがフェリシアーノに蹴りを入れ始めた辺りで何とかこれを宥めようと視線を走らせる。すると、部屋の隅に置いてあった短冊の残りが目に入った。これは使えるとばかりに勢い良く取りに行き、その様子に驚いた兄弟二人が目を点にしてるところへとは高々と短冊を掲げながら戻る。

「あの!折角なんで短冊に願い事を書いてみたらどうですか?」

そう言っては短冊を二人の前へとずずいと差し出す。反対の手でペンも差し出すのも忘れない。あまりの気迫に思わず手を出して受け取りながらも、頭にハテナマークを浮かべた彼らの様子に、「あー…これはですね、」と慌てて説明を付け加える。
自分の話を真剣に、そして興味深そうに聞く二人を見ていると、は大きな弟が二人も出来たような気分になり、得意げに短冊たるは何かについての講義を始めた。

それから数十分。かくして伝わったのか伝わらなかったのかは定かではないが、一通りの説明と「願い事を書く」という端的な趣旨は二人に理解してもらえたようなので、三人はちゃぶ台へと向かい、各々の願い事を書き記していく。

頭を抱え、少し書いては止めを繰り返す者。
何も考える風でもなくさらさらと書き、次々と新しい短冊へと手を伸ばす者。
ボーッと外を眺めていたが、ハッと思い出したかのような顔をし、それを忘れるまいと必死に書き記す者。

三者三様に願いを綴ってゆく。

「ヴェー!出来た出来た!ねぇ、はなんて書いたの?」
「え?ああ、本田さんの腰痛が早く治りますようにって」

そう言って彼女はいくつか書いた短冊の内の1枚を差し出し、それを覗き込んだ兄弟は互いの顔を見合わせ、暫し沈黙を味わう。

「…あいつ、そんなに酷いのか?」
「こう言っちゃなんですけど、あの方、いい年ですからねぇ…」
「でも菊っておじいちゃんだけどすごく綺麗だよ!」
「や、それは関係ねぇだろ」
「そうかなぁ。だって兄ちゃんだってそう思うでしょ?絶対菊は綺麗だって!」

本人に聞かれたら最後、黒い笑顔で正座を命じられそうな会話を交わしつつ、出来た短冊を笹の葉へと吊るす。何となく高いところへとつけた方が願いが届きそうな気がする、そんなことをが零したためか、彼らの背丈以上の高さのあった笹の天辺に、兄弟二人掛かりでの短冊を数枚飾ってくれた。必死に自分の願いを叶えようとしてくれる二人を見て、彼女は嬉しいような恥ずかしいような何とも言えないむず痒さを抱えている気分であった。
気づけば既に空は夜の帳を下ろし始めており、赤と群青のグラデーションが空を覆い始めていた。

「おりひめさんとひめぼしさんだっけ?」
「え?ひこぼし、ですね」

黙って飾った短冊を三人並んで眺めていると、ふとフェリシアーノが口を開いた。

「うん、その二人なんだけど、こんなに空が綺麗なんだからきっと会えるよね〜」
「そりゃそうだろ。俺がわざわざこんなのに参加してやったんだから、会えなかったなんて言ったら怒るぞ」

ロヴィーノは口調こそこうは言っているが、表情はどこか二人の久方振りの再開の成功を願う、そんな雰囲気があった。縁側に腰掛けて空を仰いでいると、徐々に青が赤を支配し始め、空は夜へと装いを変えてゆく。

「二人がそんなに真剣なんだから、きっと頑張って会ってくれますよ」

二人のそれぞれの願いを感じ、はそう呟く。
こんな七夕も悪くはないのかもしれない。そして、もし出来るなら、次は別な国家も加えて彼らともこの風習を一緒に味わってみたい、と彼女は本田が夕餉を知らせる声に答えながら足を台所へと走らせつつ思う。
ふと呼ばれた気がして足を止め、何となく笹の方へと振り返ると、まるで先程の彼女の願いに答えるかのように、彼女の書いた「皆さんともっと仲良く出来ますように」と書かれた一番天辺の短冊が柔らかく揺れていた。