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「だって貴方はずっと私たちを見守ってきたから」 国民を、そう呟くと彼は悲しそうな顔をして頭を振る。まるで駄々をこねる子どものようだ。違う違うとただそれだけを言いながら頭を振って、私の名を呼びながら先程私が言った言葉を遠ざけようとしている。 「私は…私は見ていることしか出来ませんでした。皆さんが傷つくのをただ、見てるだけしか」 「そんなことはないですよ」 「貴女たちが向かう先へ私はただ従うだけ。貴女たちの意志に私はただ従うだけ。決定権のない存在なんです。だからいつも傷つく皆さんを見ているだけしか私には出来ない」 「それも違う。だって、だってその体にいくつもの傷がついているのを私は知っているもの」 そう。古いものから新しいものまで。国家というものを体現した彼には国が受けたダメージや痛みが直に襲い来る。もう何百何千と生きてきた彼の体に刻まれているのは、間違いなくこの国の歴史であり、軌跡であり、何より彼の感じてきた痛みも喜びも凝縮したものである。 「あなたがどんなに苦しくても、私たちは気づけない。あなたがどんなに苦しくても、あなたには打ち明ける人がいない。そしてあなたが嬉しくても私たちは気づけないし、それをあなたは伝える人がいない。それは相当の苦痛だと思います」 「それは…いえ、そんなことはっ…!」 「本田さん、一人で背負い込まないで」 「さ、」 「長い間、あなたは耐えてきた。だから今だけ。今は夢の中だから大丈夫。今のあなたは国でも人でもない。夢の中でただの人間である私に縋るだけの幻影」 そう言って私は彼の頭を胸に抱く。私の体温がじわじわと彼に伝わっていく。抵抗することなく抱きしめられていた本田さんは、小さく震えていた。それは私が人の子であることの温かさと残酷さへの実感と失望なのか。今の私には真相は分からない。 私の頬を伝う液体は、私の胸元を濡らす何かは、そして互いに口から漏れゆく声にならぬ言葉は何と言うのだろうか。今の彼にも私にも、それすら理解することは出来ない。 |