「食わせろ」
「あげません」
「寄越せ」
「だからあげませんってば」
「…っいいから寄越せって!」
「嫌だって言ってるじゃないですか!ギルベルトさんしつこいです!」

そうが叫んだ瞬間をまるで狙ったかのようにドアが開き、部屋に入ってきた人物が溜息交じりに二人の間に割って入る。

「兄さんもも一体何をそんなに騒いでるんだ」
「だってヴェスト、が!」
「だってルートヴィッヒさん、ギルベルトさんが!」
「…」

左から右から叫ばれる自己主張を前に、お手上げだとばかりにルートヴィッヒは己の頭に右手を添え、溜息を一つついた。









「つまりはの作ったクッキーをやるかやらないかって話なんだな…」

彼が多大な精神力と時間を費やして何とか二人を宥め、そして一人ずつ順に聞いて得られた答えは至極簡単なものであった。がクッキーを作りに挑戦したこと。そして、それを今日手土産として持ってきたこと。更にそれを知らずにギルベルトは彼女の料理の腕を疑うような発言をし、それに怒った彼女がなら彼には手製のクッキーは渡さぬと言って先程の押し問答になったのだ。

どうしてこの二人はこんな幼稚な言い合いが出来るのだろう、とルートヴィッヒはズキズキと痛む頭で考えずにはいられなかった。
あまりにも子ども染みたやり取りに、いくら目の前の少女が文字通りまだ"少女"であるからとは言え、生きた年数など比較出来ぬほどに違う自分の兄が少女と同レベルでやり取りをすることは彼にとって、何とも嘆かわしい事態であった。先ほどから頭の奥に加えて胃の辺りがキリキリと痛むのは彼らのせいだとルートヴィッヒは確信してたが、己のためにもなかったことにし、先ずは目の前の二人を何とか仲直りさせようと見下ろす。未だにいがみ合う彼らに挟まれた時間は実際の時計の針の進み具合よりも、彼にとってはだいぶ長く感じられた。それこそ、時計の針が怠けているのではないか、と思うほどに。

どちらかが言えば、どちらかが言い返す。先ほどからその繰り返しを続けている二人を改めて視界に入れると、やはり気のせいには出来なかった痛みが彼を襲った。

「ギルベルトさん、「お前の作ったもんなんかどうせ不味いんだろ!ははは!」とか言ったじゃないですか。そんな人にあげたい訳ないですよ!」
「そ、それは…!だから俺が今本当に不味いのか試しに食ってやるって言ってんじゃねぇか!」
「嫌ですよ。小麦粉を始めとした各種材料が可哀想です。それにギルベルトさんだけじゃなくて、ルートヴィッヒさんへのお土産でもあるんだし」

何故か妙に上手かったのギルベルトの真似に一瞬聞き漏らすところであったが、彼女の先程の言葉は現実逃避に身を投じていたルートヴィッヒを引き戻すには十分な言葉であった。

「…、俺にもくれる…のか?」
「え、だって最初からそのつもりでしたし。味は大丈夫ですよ。本田さんに味見してもらったら、本田さん、ちゃんと出掛ける時までは生きてましたし!」

その表現は果たして適切なのだろうか。ルートヴィッヒは何やら引っかかりはしたが、「良かったら、どうぞ」と薦められるままに彼女の手にしていた袋から1枚のクッキーを抜き出す。
色は少々茶の焦げ目がついている程度。口に近づけると微かに甘みを感じる匂いが鼻をくすぐる。形は何の飾り気もない円形であり、らしさと言うべきか飾らない彼女自身がそのまま現れているように感じながら、彼は口へと運んだ。

「ん…美味いな…」
「え!よかったぁー…」

心からの感嘆と言うべきの発した安堵の声にルートヴィッヒは知らぬ内に微笑んでいた。
「本当だ。よく出来ている」と彼が更に付け足せば、目の前の少女は頬をやや赤く染め、嬉しそうに「そ、そうですか?じゃぁ、もう一ついかがです?」と答える。
そんな二人のやり取りを見ていたギルベルトが苛々を募らせ、面白く思わないのも無理はなく、

「…!!!ギルベルトさ…!」
「に、にいさ…!」
「はっはっはー。油断するが悪いんだよバーカ。ヴェストも頬緩みっぱなしでだらしがねぇぞ!」

気づいたらの手にあったはずの袋はギルベルトの手中にあった。

「ギルベルトさん…」
「兄さんいいから早くに返して…おい、?」
「残りは全部俺が食ってやるからお前は安心して…って…?」
「ギルベルトさんなんか…」
、おい!?」
「…ギルベルトさんなんか嫌いです!返して下さい!」

口喧嘩が収まったと思ったら、次は追いかけっこの開始だ。
手当たり次第にその辺りの物を投げようとするからギルベルトは逃げ、そして己の命を惜しむかのように部屋から立ち去る。そして、がそれを追いかける。

ドタドタと響き渡る複数の足音。乱暴に開け閉めが繰り返される部屋のドアの音。階段を駆け上がる忙しないリズム。段飛ばしで上っているのか、その音はどこか軽快だ。
屋敷中を使った本気の鬼ごっこにルートヴィッヒは本日最大の溜息をつき、ソファーへと己の身を沈めることで現実逃避をするばかりである。主人の様子を心配する愛犬の優しさだけが、今の彼を慰める唯一にして無二の存在であった。
瞑った目の裏に兄が逃げ惑いながら決して離すことのなかった小さな袋が浮かぶ。何て素直じゃない人たちなんだ、と彼は笑わずにはいられなかった。