「エリザベータさん」

向かいの席に腰掛ける彼女の名を呼ぶ。「どうしたの、?」とその声に答える姿すら一つの絵のように様になっていた。大きな声ではないが、その声は空気を震わせ鼓膜に伝わり、そして彼女の心を大きく掴み上げる。不思議そうに自分の顔を覗き込む目の前の女性に気づき、は呼びかけた手前何か言葉を続けなければと必死になり次に紡ぐ言葉を考える。

「や、あの…どうしてそんなに綺麗なんですか」
「あらあら。随分唐突な話題ね」
「はぁ。でも今思ったことがそれだったもので」

取ってつけたようなやり取りながら、エリザベータは決してを非難することもなくくすくすと笑いながら手にしていたカップをテーブルに戻す。その日常的な所作すら洗練されて見えることには自分の心の中のどこかが小さく痛んでいることに気づいた。自分と違いすぎる、向かいに座る彼女に対して。

その存在が煩わしい訳ではない。そんなことは決してない。ただ、どうしても無意識には自分と彼女を比べてしまうのだ。本来比べるべき相手ではないことは自身が一番わかっているが、それでも彼女の小さな自尊心を大きく砕くその友人であり憧れの女性であるエリザベータの持つ女性らしさ、物腰の柔らかさ。憧れと嫉妬の入り混じった自分の感情を疎ましく思うと同時に、そのような酷く醜い感情を抱くこと自体にとっては憤りを覚えることであった。
エリザベータへ向けていたはずの視線は、知らぬ内に手元のカップの中へと注がれていた。琥珀色の少々冷めたそれに自分の顔が映っているのが見える。嗚呼自分は何と醜い顔をしているのだろうか。中身が外見にまで反映されている。外が醜いからそうなるのか、中が醜いからそうなるのか。まさに無限ループ。沈黙が続く室内において、どこまでも負のスパイラルはを襲う。












「ねぇ、。自分に正直に生きるの。そうすればおのずと世界は綺麗に見えてくるわ」

そうすると自分も綺麗になるんじゃないのかしら。
突然言葉を紡ぎ始めた彼女に驚いてはカップから視線を外す。何の話だろうかとが考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、「あら、綺麗なことの話よ。あなたがさっき言ってた」とエリザベータは不思議そうな顔をして補ってくれた。

「世界が綺麗であることは必要ですか…?」
「綺麗な音楽、綺麗な景色、綺麗な言葉に綺麗な空気。何も無理に綺麗にしようとしなくてもいいの。ありのままを感じ、受け入れることこそ、そのものが持つ自然な、綺麗な状態を手にすることが出来る最大にして最良の手段」

なら私の心の中はそれとは逆だ。汚いドロドロとした感情で満たされている。まるで自身を嘲笑するかのように口元を歪めたにエリザベータは特に何も言うことはせず、ただ彼女を見つめていた。

「エリザベータさん、私の、私の心は汚いんです。いつもドロドロとした何かが渦巻いてる。それが恐ろしくもあり、悲しくもある」
「誰だってそういうものじゃない?」
「それでも綺麗になりたいんです。じゃないと私、あの人に、」


自分を呼ぶ声に魂を引き寄せられる。心を地の底から引き上げられたかのような浮遊感と高揚感を与える声にドキリと彼女の心臓は鳴った。用意されたカップを持つこともなく自身の両手をがっしり握っていたの手をエリザベータは優しく上から撫でる。

「私は貴女のそういうところが好きよ」
「でも…」
「人間らしくて、とてもいい。生きてるってことそのものよ。それこそリアルなの」
「エリザベータさん、」
「だって私、言ったでしょう?ありのままを受け入れることこそが最大にして最良の手段だって」

エリザベータの言うこと全てを受け入れた訳でも理解出来た訳でもない。ただ、にはその一言がまさに蜘蛛の糸のそれと、雲間から差し込む一筋の光のそれと同じような希望を差し込んだのは事実であった。

「私が貴女だったら良かったのに…」
「え?、何か言った?」
「いえ、ローデリヒさんはお幸せだなぁと思ったので」

その言葉に頬を薄紅に染め、微笑むエリザベータの姿を見たはああ矢張りこの人は綺麗だと思う。