「春ですねぇ」
「そうですね」

春うららという言葉はまさにこの日のためにあったに違いない。そう思うほどに穏やかでのどかな日差しが差し込みゆったりとした時間が流れている。何とも言えぬ暖かな気温が気を抜くと夢の世界へと私を引っ張っていこうとしていた。
隣には菊さん。膝にはすやすやと眠るポチくんの重み。一緒に腰掛けた縁側には少し冷めたお茶と桜餅。菊さんのお家の庭に咲く桜の木を眺めながら過ごす春の一日。こうやって共にこの場に腰掛けて過ごすことは季節毎、年に数回あるのに、今この時が何て贅沢なものなのだろうとつと感じる。

「菊さん菊さん」
「何ですか、さん」
「私ね、実は春なんて大嫌いだったんですよ」
「理由をお聞きしても?」
「はい。だって、春ってとてもボヤボヤした印象があるんです」
「それはまたさんらしい考えですね」

植物が芽吹き、冬眠していた動物たちは目を覚ます季節。その寝起きのような気だるさがどうも苦手だった。はっきりとしない、ゆったりした空気は自分には馴染まなかったのだろう。常に忙しなく動いてなければいけないと思う現代人故の思考なのかそこまでは分からないが、苦手なものは苦手だった。
そして、季節柄の気だるさが自分へと与える影響についても嫌いだった。春眠暁を覚えずなんて昔の人は上手いことを言ったものだなと思う。私なら座布団10枚だってすぐにあげたくなる。

さん、こんなところで寝たら風邪を引きますよ」
「わかってます。寝ませんよ。春の野郎になんて負けて眠ったりしません」
「おやおや、それはまた勇ましい」

腰掛けていた姿勢から後ろへと仰向けにごろりと寝転がった。足は外へ投げ出したまま、木の床に触れている腰から上の部分の冷たさが風の暖かさが心地よい。菊さんが窘めるかのように苦笑した気配がしたが、今日ばかりはこの天気が悪いということで私の行儀の悪さに関しては見逃して欲しいと思いながら目を瞑る。

「菊さん菊さん」
「何ですか、さん」
「ボヤボヤしてるのは今でも嫌いですが、でも、菊さんと一緒に過ごす春ならずっと続けばいいと思います」
「そうですか」

それはとても光栄です、そう言った菊さんが微笑んでいる姿が瞑った瞼の裏から見えたような気がしながら、私はポチくんに続いて眠りの世界へと旅立った。